アメリカ時代の過去記事

NBAで働くには

どうしたらいいですか?という質問を受ける事が多いです。
個人でしっかり調べた上で具体的な質問を下さる人もいれば、丸投げしてくる方もいます。
一人一人に対応するには時間が限られているので、記事にまとめました。

はじめに

NBA/G leagueでの仕事は大きく分けてインターンシップとフルタイムの仕事があります。それぞれの特徴、長所短所、応募資格、応募方法、インタビュープロセスなどをまとめます。以下の文章は、KnicksとPistonsの2チームでのシーズンインターンと、Cavaliersでの5年間のフルタイムの仕事を通しての経験に基づく僕個人の考えを元に書かれていることを理解した上で読んでください。

短期インターンシップ vs シーズンインターンシップ

アメリカのスポーツ現場におけるインターンシップには、一般的に短期(夏季のみ等)と長期(シーズン)のものがあります。MLBやNFLには春季・夏季キャンプインターンがありますが、NBAの正式なインターンシップにおいてはシーズンを通してのものしか僕は知りません。

よくある質問の一つに「夏の間にNBAのチームでインターンをしたいのですが」というものがあります。しかし、オフシーズンである夏の間に正式なインターンを雇うNBAチームは知る限りありません。理由として以下の事があげられます。

夏の間は、選手は全米各地でトレーニングをしていて、チームの施設で日常的にオフシーズントレーニングをする選手は少ないため、学ぶ機会が限られている
労働力という観点からは、人手が必要な時期ではない
スタッフにとっても休養と新しい事を学ぶ時期なので自分の時間を優先したい

実際、僕がCavaliers(以下Cavs)在籍中に雇ったシーズンインターン達は9月初旬~半ばにチームに合流してもらいました。ちなみにこのインターンシステムは、Gリーグのトレーニングキャンプが始まるまではCavsで学び、その後はCavs配下のGリーグチームで働くというものでした。

ですので、夏の間にプロのバスケットボールと関わるインターンをしたい場合は、チームではなく、全米各地のトレーニング施でのインターンシップの機会を伺うのが良策だと思います。僕自身、2008年2011年の夏にシカゴのATTACK AthleticsにてNBA選手達のオフシーズントレーニングに携わり多くを学びました。

NBA vs Gリーグ

NBAチームとGリーグのチームでのシーズンインターンシップの長所と短所を比べます。

NBA

長所

NBAという特殊な環境におけるアスリートのマネジメントを長期に渡り学べる
履歴書に見栄えができる

短所

自分がトリートメントやリハビリ、トレーニングに直接関わる機会は限られる
遠征に帯同する機会はほぼなく、NBAの仕事の全体像は掴めない

Gリーグ

長所

自分でトリートメント、リハビリ、トレーニングにおける判断を下し、深く関わる機会は前者よりも遥かに多い
遠征の帯同も仕事に含まれるケースが多く、シーズンの全体像を学ぶことができる
Gリーグのスケジュールをこなせれば、NBAでのスケジュールをこなす準備ができたと思ってよい。”If you can handle the G league, you can handle anything”とは、GリーグのあるGMの言葉です。

短所

長所と表裏一体の過酷なスケジュール(NBAのチャーター機とは違い、一般の旅客機での移動、空港からミニバンでの移動など。ATが運転手を務める事も。洗濯やホテルの手配の手伝いなど、仕事に制限はない(上記のIf you can ~は、冗談ではありません)
インターンのみならず、フルタイムとしてこの過酷な勤務を数年こなしても、GリーグからNBAに上がれる保証はない
母体チーム(NBA)との連携レベルは、チームによって異なる
実情を知らない人からは、NBAインターン>Gリーグインターンと思われ、のちの就職活動で見合った評価されない可能性がある(僕が雇う側だったら、後者をより高く評価します)

賃金や待遇はNBAかGリーグかではなく、チームによって異なります。住居のサポートや保険のカバーをするチームもあるので、インタビューの時に確認しましょう。日本人の感覚だと、インタビューの時点で待遇の確認をする事を躊躇うかもしれませんが、アメリカでは当然の権利として考えられます。ただし、確認する内容はプロとしての活動に関わる範囲にしましょう。試合後にロッカールームに入れるのか、海外遠征には連れて行ってもらえるのか、などファン意識が滲みでてくる候補者の印象は総じて良くありませんでした。

応募資格・保持資格

インターン

正式なインターンシップであれば、ATCである事は大前提です。他の資格を保持している事は、任せられる仕事の多様性を意味するので、選考の際にプラスになる事が多いです。特に人手が限られているGリーグでは、フルタイムのストレングスコーチを雇っていないチームもあるので、CSCS保持者などストレングスコーチの役割もこなせるATインターンというのは魅力的ですし、実際にマネジメントからのリクエストにも含まれた事があります。CavsでのATインターンの一期生はATC/CSCSで、現在はフルタイムのストレングスコーチとして、あるNBAチームで仕事をしています。

フルタイム

インターンと同様に、複数の資格を保持したスタッフが多くを占めます。ATC/PTや、ATC/CSCSが最もよく見られるコンビネーションです。NBATA(NBAで働くAT達の団体)のHPに1人1人の簡単な経歴と保有資格が載っているので、調べてみましょう。調べると気づくと思いますが、NBAのスタッフには他のスポーツやセッティングで経験を積んで今の職に就いた人も多くいます。このエントリーの終盤に繋がりますが、NBAに拘りすぎず、選択肢は広く持つ事が大切だと思います。

応募方法

ポジションに空きができたり、新しいポジションが作られた際に候補者を公募するチームもありますし、既存スタッフのネットワークから候補者を探すというチームもあります。公募の意義は、公平な機会の提供が第一にあります。雇う側の現実的なメリットとしてはそのチームのフルタイムATのネットワーク外にいる、有能で意欲ある候補者の発掘ができること。これらの理由から、僕が雇う側として関わったインターンは4シーズンとも公募をしました。ただし、公募の仕方にも拠りますが、雇う側は相当な時間を選考に費やします。

一方、僕が雇われる側だったKnicksとPistonsでのインターンとCavsでのフルタイム職は公募ではありませんでした(Pistonsでのインターンはもともとはポジションすら存在しない非公式なものでした)。この2つのインターンポジションへは手紙を書いてアプローチし、粘りに粘って機会を得ました(詳しくは、採用までの記録を残したブログを参照してください)。Cavsでのフルタイムの仕事は、KnicksのATの推薦によって候補者プールに入り、そこから正式なインタビュープロセスへと移りました。

次は、一般的なインタビュープロセスを説明します。

(2007年、NBAのヘッドAT宛てに送った手紙達。懐かしい)

インタビュープロセス

正式な選考プロセスを踏む場合は、一般的に履歴書の選別→電話インタビュー→現地インタビューと進みます。

1.履歴書の選別

応募資格を満たしていない応募者を除外し、経験、学歴、資格などを総合し、電話インタビューでより詳しく話を聞いてみたいと思う応募者を絞ります。Cavsのインターン募集では、毎年100通近い履歴書に目を通していました。

2.電話インタビュー

雇う側としては、履歴書とカバーレターを通して興味を持った事柄をさらに深く聞き、会話を通して応募者のコミュニケーション能力や性格の一端を把握する機会であり、応募者側としては、書類に書ききれなかった点をアピールし、「会って話をしてみたい(現地インタビュー)」と思わせることが出来るかが問われます。チームによっては、電話インタビューの代わり、もしくは後にSkype・Zoomインタビューをする事もあるでしょう。「自分で費用を払うから、電話ではなく直接インタビューしてほしい」と候補者から言われた事が数回あります。電話が苦手な人の気持ちは良く分かりますし、意欲の表れと捉える事もできますが、基本的に受け付けてもらえないでしょう。現地インタビューは電話インタビューを通過した場合の次のステップであることや、平等な機会を与える義務があることなどが理由です。僕自身が候補者だったCavsとのインタビュープロセスでは、電話インタビューが数回ありました。

3.現地インタビュー

電話インタビューを通して更に絞り込んだ候補者(多くて3名だと思います)をチームの練習施設などに呼び、ATだけでないメディカルチームやマネジメントを含めてのインタビューを行います。交通滞在費は全てチーム持ちです。電話インタビューの時点で、その候補者の専門的な強み等は把握しているので、ここではチームにおいて異なる責任を持つスタッフとの面と向かったコミュニケーションを通して、その候補者の人物像をより深く把握する事が大きな狙いの一つと言えます。最後の3名に選ばれた時点で、専門的な評価は拮抗している場合がほとんどです。最後に明暗を分ける「印象」をどう残すか、が問われます。そこには、家族と過ごす時間の何倍もの時間をスタッフと共にするプロスポーツでの仕事において、それだけの時間をこの人と過ごしたいか、同じ目標を一緒に追いたいか、という目線も含まれます。Cavsとの現地インタビューでは、真剣な話も勿論しましたが、多くの笑いがありました。インタビュー終了後に「こんなに笑うとは思ってもいなかった」とヘッドATに伝えると、「笑いは全てにとっての癒しだからね」と言われたのを覚えています。

次は、数多くあるフルタイムの仕事への経路を説明します。

フルタイムの仕事への経路

僕が通った一般的なインタビュー経路の他にも、以下のようなルートでNBAでの仕事に就いた人達もいました。

  • 配下のGリーグチームからの昇格
  • オーナーやGMに直接雇われる
  • 元上司が権限あるポジションに就き、その上司を通して雇われる
  • オフシーズン中のトレーニング等を通しての選手個人との繋がりで

男女差

NBAの世界でも、メディカルスタッフにおける性別による壁は確実に薄くなっています。女性のフルタイムATを雇っているNBAチームも複数ありますし(今季は、リーグ初となる女性のヘッドATが今季誕生しました)、女性のインターンにも会った事があります。Cavsのインターンでは女性の候補者がファイナリストに残った年が2年あり、最終決定の際に性別が考慮されたことは一切ありませんでした。また、Knicksのメインチームドクターは、僕がインターンをしていた10年前も今も、おなじ女性の方です。

NBAのメディカルスタッフの規模とタイトル

NBAのメディカルチームは拡大の傾向にあります。10名を超える大所帯もあります。僕がインターンをした時のPistonsは、フルタイムスタッフはヘッドATとPT/CSCSの2人だけでした。Cavsでは合計6人のメディカルチームで3人のオールスター選手を含むリーグ一の高年齢チームに十分対応できていました。なので、この拡大傾向には思う所が少々ありますが、チャンスは広がっています。

拡大傾向に伴い、メディカルスタッフが持つタイトルも様々となり、タイトルからは仕事の内容が分からないExecutive director of ~や~specialistが氾濫し、NBAで働く事を目指す人にとっては、混乱するかもしれません。少なくとも2018年までの内情を知っている者として言える事は、結局はAthletic Training, Strength and Conditioning, Physical Therapyが現場の中核を担い、基本となる学問は、解剖学、運動生理学、バイオメカニクスです。カッコいいタイトルに惑わされる事なく、基本となる学問をしっかりと修めましょう。

最後に

枠は広がっている、と書きましたが、席が限られた仕事である事に変わりはなく、チームによって必要とする人材は異なり、既存スタッフのフィロソフィーや単純な好みも色々で、スポーツ医学の専門家では無いマネジメントの意向が影響する事もあります。
なので、NBAで働く事を唯一の確固たる目標として掲げたばかりに自分を成長させる他の選択肢に気付かなくなったり、「NBAで働けなかった=失敗」のように精神的に満たされないキャリアを歩む事は避けてほしいと思います。

実際の現場を経験し、36歳のおじさんになったから言える事であり、これをNBAで働きたいと強く願っていた10年前の自分自身に伝えたとしても理解したかは分かりませんが、心の片隅に留めておくと良いと思います。

「よくある質問」的なブログエントリーでした。参考になれば、幸いです。

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TMG Athleticsでは、雇われる側と雇う側の両方の経験を活かした履歴書とカバーレターの添削サービスを提供しています。書類選考において、「相手に伝わらない=持っていない」です。

また、このブログエントリーよりもさらに深く踏み込んだ質問、個別のケースに対する質問には、オンライン個人コンサルティングで対応させていただいています。僕がインターンからフルタイムの仕事に繋げた意識の持ち方や仕事の仕方などを実際のシチュエーションを混ぜて伝授します。

留学生時代から帰国までのアメリカ生活をまとめたnoteもありますので、興味があれば。有料(1000円)ですが、計12本、10万字強の内容はその価値があると思います。

https://note.com/yusukenakayama/m/mf46d88d0e4d0