思い入れのある記事

「君に追いつくのに30年かかったよ」——NBAで30年以上働く恩師Rogerの旅路

多くの運と縁に恵まれ、その中で学び育んできた考え方や行動規範のおかげで、僕は素晴らしいキャリアを送ることができていると感じています。
今回は、その中でも間違いなく僕の人生に大きな影響を与えてくれた、一人の恩人の話。

  • 2020年–現在: ニューヨークニックス・名誉ヘッドAT/スポーツ医学アドミニストレーター
  • 2017年: 母校ブルックリン・カレッジより傑出卒業生賞受賞
  • 2005年–2020年: ニューヨークニックス・ヘッドAT
  • 2001年–2004年: 全米バスケットボールAT協会(NBATA)会長
  • 1996年–2004年: ダラスマーベリックス・ヘッドAT
  • 1996年: アトランタ五輪米国代表チーム・S&Cコーチ
  • 1992年–1996年: アトランタホークス・アシスタントAT/S&Cコーチ
  • 1990年–1992年: チャールストン大学スポーツ医学ディレクター/非常勤教授
  • 1980年–1990年: チャールストン大学ヘッドアスレティック・トレーナー(AT)

この輝かしい経歴の持ち主の名前は、Roger Hinds。大学院を卒業した2008‐09年シーズンにインターンとして彼の元で経験を積ませてもらい、今も僕のロールモデルの1人として尊敬している人です。

昨シーズン、ニックスが53年ぶり、RogerはNBAでの仕事34年目にして初の優勝を成し遂げました。トップ画像は、ニックスが優勝した翌日に「君に追いつくのに30年かかったよ」とのメッセージと一緒に送られてきたものです(本人の許可を取って掲載)。

僕からしてみれば、重さも意味も、比べ物になりません。僕がクリーブランドで経験した優勝についてあまり話をしないのは、彼のようにリーグで僕の何倍もの年月を捧げ、何倍もの貢献をしている人がいる中で、とても畏れ多く感じてしまうことが理由の一つです。そんな事をゴチャゴチャと考える僕に、サラッと言えてしまうのがRogerという人。この一言に多くが凝縮されていると感じたので、このポストのタイトルにも用いました。

このポストを書こうと思ったきっかけは、NYの精神科医がホストするポッドキャストにRogerが登壇したことです(The Suitespot Interview Series: Roger Hinds — The Untold Legacy Behind 30 Years in the NBA )。そのリンクを「私の旅の一部である君に共有しないわけにはいかない」と送ってきてくれました。1時間以上に渡る対談・インタビューの要点と僕の思った・考えた事を合わせて共有したいなと思います。

Rogerが語る、持続可能な成功に必要な3本の柱

Be flexible and adapt to change (柔軟であり、変化に適応する)

Rogerがリーグに入りたての時、先輩から”The only constant in NBA is changeNBAにおいて唯一の不変は、変化である)”と伝えられたといいます。そのエピソードを話す際に、ただ適応するだけでなく、”on the fly (即座に)”という言葉も添えています。トレードを含め選手・スタッフの入れ替わりが激しいNBAの世界だから一層説得力がありますが、哲学者ヘラクレイトスが「Change is the only constant(唯一の不変は、変化すること)」と格言を残しているように、誰にとっても心に留める・省みる価値があることだと思います。

Be yourself/Authenticity(自分らしく、 ありのままに)

選手達は物事を見抜く力を持っている。だからこそ”If you are going to fake it till you make it, you ain’t going to make it(もし成功するまでフリをし続けるつもりなら、成功しないだろう)”と言います。

下線を引いたfake it until you make itは「自信や能力が伴わなくとも、それらがあるように振る舞うことで、やがて本当に獲得していく」という意味で使われるフレーズです。徹底した準備をするという前提があることで真実にもなると、僕自身は捉えています。

Rogerの話に戻すと、これを聞いたとき、僕の頭に2つの事が浮かびました。1つ目はNBAのヘッドATという重責において、「fake it」は準備不足を補う手段にはなり得ないということ。2つ目は、NBAという高いプレッシャー環境に強烈な個性を持った選手・スタッフが集まる世界においても、自分らしくありのままであっても通用するのがRogerなのだということです。

Stay on top of your game(常に自分をアップデートし続ける)

Keep up with the latest and greatest…and I always try to tell people don’t become complacent常に最高・最先端のものにアップデートしていくこと。そして、現状に甘んじて努力を怠らないように、と周りにはいつも伝えるようにしています)”

彼のような実績を持つ人から言われると、シンプルな言葉に重さが加わります。

”これは違う”という感覚を信じること

ポッドキャストでは、学生時代まで遡ってキャリアのきっかけとなる出来事などにも触れています。兄妹の多い家族の長男として、父親から医者になる事を期待されていたRogerはブルックリン・カレッジの医学部に進むためのコースに入っていたものの、「自分が何をしたいのかはまだ分からなかったけれど、これは違う」ことは自分の中で明らかだったそうです。その気持ちでは成績も伴わず、専攻をPhysical Education (日本の大学でいう教育学部の身体教育専攻や保健体育専攻などに当たる)に変更したそうです。変更後の専攻からのキャリアに対しても感じていた「これは違う」が、後に記すアスレティックトレーニングに出会った際の「これだ」に繋がります。

このエピソードは、そろそろ将来の方向性を考え始めた息子を持つ父親としても、時に相談を受ける身としても、深く考えさせられるものがありました。限られた人生経験の中で「これをやりたい、これになりたい」と明確に思えるものに出会えたら、それは幸運なことです。しかし、多くの場合はそうではありません。
そんな時こそ、「これは違う」「ここではない」という自分自身の直感や声を信じることが大切だと思っています。もちろん、能動的に自分の世界を広げる努力を続けることが前提ですが。僕自身も、日本の大学の卒業が見え始め、周りが一斉に就職活動を始めた時に感じた「この流れは自分とは違う」という違和感が、留学という「きっとこれだ」と思える選択につながっていきました。

メンター・スポーツ医学との出会い

選手として参加したブルックリン・カレッジのバスケットボールチームのトライアウト中に膝の痛みをコーチに伝えたところ、下の階のトレーニングルームに行ってドクター・チザム(Dr. Bill Chisolm)に診てもらって来いという指示を受けて意味も分からずにドアを開いたのが、Rogerのスポーツ医学との出会いでした。リハビリを受けている最中、アスレティックトレーナーやスタッフたちは単に彼の膝を治療するだけでなく、スポーツ医学という彼が「これだ」と感じる領域を紹介しました。

トライアウトには合格する事ができず、アスリートとしての物語はここで幕を閉じましたが、代わりにアスレティックトレーニングの門が開きました。ここでもやはり、Rogerの人間性や関心の高さ、自分の現状に対して”これは違う”という感覚があったからこそ、その道を示す人たちが手を差し伸べたのだと想像します。Rogerはこのきっかけとなった膝の痛みを、ポッドキャスト内で「Blessing(恵み)」と表現しています。

人生の指針となるメンターシップ

上記チザム氏との出会いはRogerに大きな影響を与えました。チザム氏がトップを務める職場は、人種・性別に関係なく多種多様な人たちが働いており、「いつか自分が同じ立場になったら、同じようにしたい」というイメージを持ったそうです。僕がRogerに与えてもらったインターンシップの機会もまた、ここに起源があるのかもしれません。

そんなチザム氏のオフィスには小さなピンが幾つも刺さった地図が貼ってあり、ある日勇気を出して尋ねると、「今まで自分が携わった人たちが現在活躍している場所」とのことでした。それに対してRogerは”I want to be on that map. I want to be one of those pins私もそのピンの一つとして地図に載りたい).”とチザム氏に伝えたそうです。

下記リンクのNATAによる追悼記事で紹介されていた、チザム氏の学生として初めてPh.Dを修め、ポッドキャスト内の話でもRogerの「兄」として登場しているDr. Walterは、チザム氏について”His whole concept was you never know what a person is going to be; you’ve got to give them a chance(彼の考え方のすべては、『その人が将来どんな人物になるかは誰にも分からないのだから、全ての人にチャンスを与えなければならない』というものでした)”と振り返っています。

このエピソードを聞いて僕の印象に残ったことは、Rogerがチザム氏のメンターシップを受ける準備が出来ていて、それを言葉にして伝えたという事。素晴らしいメンターシップも、受け手の姿勢あってのものです。

Pay It Forward

NATAは、1993年に他界したチザム氏の功績を称える記事を2000年に出しています。当時ダラスマーベリックスのヘッドATだったRogerも氏とのエピソードを含むコメントを寄せています。

チザム氏は、キャリアや人生の安定という意味からもRogerにPh.D(博士号)を取ることを薦めていました。亡くなる数か月前、既に大学を卒業して仕事をしていたRogerがチザム氏を訪問した際、その第一声は「お前はいつPh.Dを取るんだ?」というものでした。脳卒中を患い、かつての面影もなくなってしまった姿になっても自分の身を案じてくれることに、Rogerは涙を堪えきれなかったそうです。

僕がRogerの元でのインターンシップを経てミシガン州立大学の博士課程へ進学するとき、彼は心の籠った推薦状を書いてくれました。もしかしたら、チザム氏からの宿題を託してくれたのかもしれません。

また、NATA(全米アスレティック・トレーナー協会)は、チザム氏の功績を称えて「ビル・チザム・プロフェッショナル・サービス賞」を創設しました。この賞は業界の多様性促進に貢献したトレーナーを毎年表彰するもので、1995年にはRoger自身も同賞を受賞しています。

キャリアのハイライト

としてRogerが挙げたのは、2018年に母校ブルックリン・カレッジから授与された「Distinguished Alumnus Award(傑出した卒業生に贈られる賞)」と、授賞式後に同大学の卒業式で行ったスピーチでした(※動画の2:00:00〜)。

トリニダード・トバゴからの移民であり、怪我に泣いた一人のトライアウト生が、素晴らしいメンターたちに恵まれてキャリアを切り拓き、夢を叶え、そして人生を変えた母校の卒業式で社会へと羽ばたく若者たちへメッセージを送りました。

そのメッセージの最後にRogerが引用したのは、思想家・著述家であるノーマン・ヴィンセント・ピールの名言”Shoot for the moon. Even if you miss, you will land among the stars月を目指して撃て。たとえ外れたとしても、あなたは星々の中に着陸できるのだから)”でした。

おわりに

1時間を超えるポッドキャストでは、道を外れないように導いてくれた母親とのエピソードや、NBA初年でスター選手から「NBAへようこそ。でも俺は大丈夫だから。」と拒絶されてから信頼を得るまでストーリーなど、Rogerの歩んできた道のりや、所作の由来を考えさせられるものに満ちていました。英語ですが、一聴をおすすめします。

帰国した際にアメリカ生活を振り返った有料noteのNY時代部分を無料にしています。オバマ大統領の就任式典をRogerと一緒に観たエピソードなども記録に残していますので、よければどうぞ。