来シーズンは過去5シーズン務めさせていただいたディレクターポジションではなく、アドバイザーとして長崎ヴェルカとの仕事を継続させていただくことになりました。自分にとっての大きな区切りに際し、長崎とヴェルカへの感謝の気持ちと共にこの5年間を少しだけ振り返ろうと思います。
はじめに
2021年から5年間過ごした長崎の地を離れました。それぞれの人生のステージを進んでいく家族の環境、再び不慣れな環境に身を置きたいという僕自身の気持ち、そしてタイミング。それらが重なっての判断です。
未だに、長崎に住んでいないことに違和感を覚えるときがあります。どこかにでかけようとした時に、頭の中で佐世保の街が無意識に浮かぶこともあります。 スーパーで長崎県産の魚を見かけると、つい足が止まります。先日は、エビを口にくわえたままの長崎産カンパチが並んでいました。
長崎ヴェルカを応援して下さっている方。メディカルチームの体制変更を気にかける方もいるかもしれませんが、心配はいりません。僕の関わり方が変わる可能性に現実味が帯びていた昨季の編成段階から、この変化がチームのさらなる成長に繋がるための準備を始めていました。その上で、チームや選手からの要求とのバランスを見極め、と書くとカッコつけすぎなので、バランスを考えながら実務と引継ぎを行っていきました。その意味でも、昨季が最長のシーズンとなったことには大きな価値があったと思っています。これからは彼らが力を合わせ、ヴェルカのメディカルチームをさらに成長・発展させていってくれます。
誰もが担っている、時には誰の目にも留まらない、直接の引継ぎができない貢献。他の方々と同様に僕にもそれがあり(きっと)、ヴェルカにおける僕の一番の価値はそこだったのかなと思っています。メンターやこれまでの経験に恵まれに恵まれて培った「それ」を軸に、これからは少し離れた立場から、必要に応じてチームに提供していけたらと思いのもと、今季は「アドバイザー」という役割を引き受けさせていただきました。これまでの5年間とは違った形での、僕にとっての新しいチャレンジです。
5年間を振り返ろうとしたものの、あまりにも多くの出来事や思い出にあふれていて、とても収拾がつきません。感謝を伝えたいスタッフ、選手、関係者のみなさんの顔を思い浮かべると、到底ここには書ききれません。そこで、不定期にポストしていた僕のXの投稿をいくつかピックアップし、当時の状況や心境の解説を短く添えていくことにします。SNSから離れていた時期も度々あったため、まばらな振り返りにはなりますが、よろしければお付き合いくださいませ。
はじまり
拓摩さんと当時の事業責任者の西村さんからのお誘いを受けて始まった5年間。当時滋賀県で運営していたジムの和室客間で、ちゃぶ台越しに母親が送ってくれた緑茶を飲みながら話をしたのを覚えています。
「チーム立ち上げ」という自分の意思だけでは関われない機会、「初年度から黒字を目指す」という姿勢と説明(幾ら使っても構わないから最高の環境を作ってほしい、というオファーだったらお断りしていたかもしれません)、”常識で考えると「ぶっとんでいる」”規模のプロジェクト、そして信頼を寄せている西村さんからのお誘いと、プロジェクトを語る拓摩さんから感じた熱意に動かされ、アメリカから帰国して3年弱、ようやく安定した家族の生活環境を変える大きな判断をしました。
長崎の皆さま、よろしくお願いします。ヴェルカが掲げるクラブ理念とチームスタイルを選手達が最大限に体現できるよう、今までの経験を活かしつつ、クラブと一緒に成長しながら全力を尽くします。 https://t.co/miM1D51yQe
— 中山佑介 Yusuke Nakayama (@yusuke_0323) May 11, 2021
環境の整備
今でこそリーグを代表する素晴らしいトレーニング・練習環境に恵まれていますが、参画した当初は、ジャパネットの厚生施設をヴェルカ仕様に模様替えしていただいたばかりの段階でした。長崎ヴェルカのトレーニングの歴史は、ステージ横の器具庫スペースから始まりました。
ヴェルカのトレーニング環境Ver.1。 スペースは今の5分の1程、空調がなく体育館から送風をするなどの様々な工夫が必要でしたが、選手達は当時のGo!Velcaの副題「~長崎にやってきた挑戦者たち~」に相応しい姿勢で日々のトレーニングに取り組んでいました。費用対効果を常に頭に置きながらも、クラブが目指す高い基準にふさわしい環境づくりを模索し始めました。そこから、今のクラブハウスで皆さまが目にされている「ジャングルジムのお化け」のような器具(Rig)が海外から到着し、ロビーエリアまでトレーニングエリアを拡大。チームが遠征などで不在の間に、ジャパネットのエアコン設置担当の方々の力をお借りして、みんなで組み立てました。
なかなかの大がかりな作業で、「スタジアムシティが完成して、ここを解体・引越しするときのことは、今は考えないようにしましょう」と、話ながら作業をしたのを今でもよく覚えています。
チームカラーに可能な限り近い塗装をしてもらい、支柱の長さを空輸対応限界に切ってもらうなどしたRig+αが届いた時の様子。ロゴの入ったプレートの出来にも満足です。選手のトレーニング中に、「中山さん、届きました、、、」と呼びに来てくださったH田さんの顔を今でも覚えています。 クラブハウスにいたスタッフの方々の力を借りて運びました。 重たかったですね、、、
Version 2。 特に大変だったのは、上のはしごの部分の取り付けと、エコーでコンクリ下の鉄格子を避ける場所を選んでコンクリにボルトを打って固定して頂く過程。 ジャパネットの方々の力あっての環境整備でした。
そして”考えたくなかった”佐世保からの引越し
スタジアムシティクラブハウスへの搬入と組み立て。 2度目という事もあって、佐世保での組み立てよりスムースに。 とはいえ間違いなく大仕事でした。
クラブハウス引越しからチーム活動開始までの時間が短かったため、中山家からもヘルプ。 夜中まで一緒に作業してくれました。
そしてヴェルカのトレーニング環境Version 3ともいえる、スタジアムシティのトレーニングエリア。ここからどう発展していくのか、どう使っていくのか、楽しみです。長崎と子どもたち
息子が登場したので、彼らの事を。5年前、長崎での生活を始める上で一番の気がかりだったのは、子供たちの新しい環境への順応でした。親が認識している以上の壁を乗り越えていってくれたはず。
転校を筆頭に新しい土地への順応は親と本人たちが思っていた以上に大変だったけれど、新しい風景に出会う価値を感じ、変化に対して積極的に育ってくれたら嬉しい。
帰りの車中の「あー楽しかった!」に視界が滲んだのは、未だ残る一抹の罪悪感か。 pic.twitter.com/DyzIdUL9Ga
— 中山佑介 Yusuke Nakayama (@yusuke_0323) August 2, 2021
いつの頃からか少しずつ増えていった、何気ない会話の中の「友達が〜」。その一つ一つに僕がどれだけ安心を覚えているか、本人たちは知らないだろうな。よく頑張った。 https://t.co/j8NGarVe50
— 中山佑介 Yusuke Nakayama (@yusuke_0323) December 10, 2021
息子たちの長崎での生活において、ヴェルカとV・ファーレンのスクール、そしてユースチームは本当に大きな存在でした。子どもたちにとって、スポーツが常にポジティブな存在であり続けさせてくれたことに、心から感謝しています。
本当は一人ひとり名前を挙げて感謝を伝えたいのですが、やはり収拾がつかなくなってしまうので、ここでは胸にしまい込みます。それでも、息子たちが今でも楽しくスポーツを続けられているのは、間違いなくあなた方のおかげです。ありがとう。
車を降りるや、一目散に入口へ走っていく。週1のこの日が余程楽しみなのだろう。僕の願いはスポーツ・身体を動かことを楽しみ、好きでい続けてくれる事。ポジティブな声掛けに溢れるヴェルカのバスケスクールは、親として心から安心できる。そんな環境の中、本人は上達を楽しみ夢を膨らませている。
— 中山佑介 Yusuke Nakayama (@yusuke_0323) November 15, 2022
B3シーズン
1年目のB3時代は、コロナ禍の真っ只中でした。「B2昇格」という至上命題が掲げられる中、感染拡大による試合中止のリスクを最小限に抑えることに毎日神経をすり減らしていました。昇格の判断基準となる成績が有効とされるために必要な規定試合数があったからです。
明確な正解がない中での感染対策は、一歩間違えればチームに分断をもたらすリスクと隣り合わせでした。それでも、たとえ自分と違う考えを持っていたとしても、チーム全体の利益を考えたときに「今それを主張すべきかどうか」を一人ひとりが判断し、行動してくれました。そうした選手、スタッフ、チーム関係者みんなの支えがあったからこそ、あの苦しい時期を乗り越えることができたのだと思います。
練習拠点から1時間半弱離れたホームゲーム会場。ホテル滞在を含めスケジュール的には小遠征。
その中で、設営・運営の皆様の尽力、ヴェルチアのパフォーマンス、ファンの方々のエネルギーが、素晴らしいホームの雰囲気を作って下さいました。どんなホーム文化に成長していくのか、楽しみです。 https://t.co/eu0zbhWFE9— 中山佑介 Yusuke Nakayama (@yusuke_0323) October 10, 2021
ファンと間違えられる日は来なかったけれど(それどころか名前を呼んでいただくように)、今のようにヴェルカTシャツを着ている人が当たり前の風景は、当時はまだ理想の中の風景でした。
「昨日勝ちましたね!」
クラブハウスに向かう途中、コーヒーを買いに寄ったコンビニの店員さんに声をかけていただく。チームウエアを着ていたのでスタッフと分かったのだと思う。想像以上に嬉しかった。
ヴェルカTシャツを着る人が街に増え、スタッフではなくファンと間違えられる日がきっと来る。
— 中山佑介 Yusuke Nakayama (@yusuke_0323) November 14, 2021
規定試合数クリアの安堵
コロナに関係する発信は控えるようにしていたので記録に残っていませんが、下記の最終戦を終えた時よりも、上記の規定試合数に達した時の安堵感をより鮮明に覚えています。ちなみに”Done. Next.”と”イエカエル”を繋げられる人がいたら、相当なNBA&VELCAマニアです。
最後のブザーとスッと軽くなった肩。シーズンを通して大きな怪我がなく、最終戦を全員で無事に終えることができました。
避けられない怪我がある中で、運がなければできなかった。でも、運だけではできなかった。来シーズンも沢山の笑顔を見れるよう、このオフシーズンも学び、成長します。Done. Next.— 中山佑介 Yusuke Nakayama (@yusuke_0323) May 1, 2022
去年のGW明けに佐世保に引越してきて1年。息子たちの会話には「〜ばい」「〜と」と長崎弁が出てくるように。家族が心地よく生活できているからこそ、波少なく自分なりの貢献ができました。僕らを受け入れてくれたこの地を共有する皆さんの嬉しそうな顔を見て、心ばかりのお礼ができた気がしました。 https://t.co/dJrL0W2TgU
— 中山佑介 Yusuke Nakayama (@yusuke_0323) May 5, 2022
優勝直後に脳裏に蘇った風景のひとつ
横浜アリーナでの試合終了後、今まで書いてきた事を含む多くの思い出や風景がとめどなく脳裏に蘇ってきました。下記の風景もその中の一つです。
B3参入を控えた3年前の夏のある日。チーム練習が終わり暫く経った静かなクラブハウスに、ボールの弾む音がまた響き始めた。そこにはシューティングやハンドリングに1人励む、ある選手の姿。彼が流していた音楽の一つが、「魔法の絨毯」だった。
毎夏思い出す風景。
— 中山佑介 Yusuke Nakayama (@yusuke_0323) June 13, 2024
B2シーズン
2年目のシーズン。初年度の目標達成に驕ることなく、まだまだ発展途上であることを自覚しながら改善を目指す姿勢がクラブ全体に溢れていました。下記もまた、横浜アリーナで頭に蘇ったエピソードの一つです。
「こういう苦しい展開の時に選手をもっとサポートできる演出を考えないと」
最小得点でクラブ初の3連敗を喫した直後に耳にした、運営・演出担当スタッフの言葉。各々が自分に指を向け、自身もチームも成長していく。僕もその一員でありたい。
今日の会場を埋めて下さった皆様。是非またお越しを。
— 中山佑介 Yusuke Nakayama (@yusuke_0323) November 20, 2022
人の流れが常のプロスポーツ。そのシーズンのメンバーが、そのシーズンのチームにとってベストな行動をとっていく事こそが大切だと僕は思っています。だからこそ、「文化」「カルチャー」といった言葉で形式的な行動基準を容易に作らない方が良いと思っています。でも今も続いている↓のこれは、これからも引き継いでいってくれたらなと、こっそり願っています。筋肉の神様はちゃんと見ています。
ウエイトトレーニング後、疲れた身体で片付けまで手伝ってくれる選手たち。昨日は、僕が次の仕事でウエイトエリアを離れて戻って来たら、いつでも次のセッションが準備できる状態になっていた。自身のキャパの足りなさを反省する日もある中、支えられています。#長崎ヴェルカ#筋肉のかみさま
— 中山佑介 Yusuke Nakayama (@yusuke_0323) July 19, 2022
B1昇格をかけた大一番。皆の頼もしさを誇りに思いました。
B1昇格日に食べたアボカドの種を発芽させて育てていました。 かなり大きく育ちましたが、長崎からの引越し前に炭疽病にやられてしまいました。 横浜アリーナから帰ってきた翌日、B1でのチームの成長を共にした感謝を伝えて処分をしました。B1シーズン
B1でのシーズン。 トップカテゴリーの壁を感じつつも、それまで培ってきた取り組みの軸をブラさずに挑み続けたシーズンでした。かつ、B3やB2の時代は、「勝利」という結果によっても絶対的に肯定されていた「ヴェルカらしさ(HAS IT)」を、新加入の選手やスタッフたちとともに改めて見つめ直す、そんなシーズンだったのではないかと個人的には思っています。
佐世保へ向かうチームバスの中。前の座席の某コーチのPC画面が窓に反射して見える。映像を何度も止めて、巻き戻して、スローモーションにして。
「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」
開幕前に頂いた言葉を思い出す。 pic.twitter.com/5kD6lCFm9E
— 中山佑介 Yusuke Nakayama (@yusuke_0323) October 9, 2023
スタジアムシティ開業の足音
長崎スタジアムシティの開業日発表イベントには、恐れ多くも僕も登壇させていただきました。思い返すといつからか、「拓摩さんは僕の扱いが上手いな」と気づかされるようになりました。「これ以上前に出るのは少し気が引けるな」という僕のラインを分かってくださっていて、このイベントのような貴重な経験をさせていただきながらも、プレッシャーやストレスを感じたことが一度もありません。
遂に発表された開業日。この日を見据えつつ、この壮大なプロジェクトの一翼を担うヴェルカのこれまでの歩みと、今は別の地でそれぞれの道を歩む選手スタッフに思いを馳せた。いつかは自分も歴史の一部になる。その日までに何をどれだけ遺せるだろう。3年前に声を掛けて頂いた期待を越えられるように。 https://t.co/CUwq1qslrl
— 中山佑介 Yusuke Nakayama (@yusuke_0323) November 14, 2023
かぶとがにアリーナでの逆立ち
まさか仕事中に人前で倒立して歩くとは思わなかったです。それまでだったら上記の”ライン外”の行動ですが、「こいつら(表現)となら」と自分の基準に余白を作れる仲間の存在が5年間、いつもそこにありました。プラカードを持ってた男の子、君が最後の一押しでしたよ。
これの事だったのね☺️
会場で「今日やるんですよね?」と某河さんや某場選手、ブースターの方々に声をかけられ。エンドライン席には「今日はみんなで倒立」のプラカードを持った男の子が。
思い出の詰まったかぶとがにアリーナ、ありがとう。 https://t.co/ybunfb2zko
— 中山佑介 Yusuke Nakayama (@yusuke_0323) March 31, 2024
長崎⇔佐世保生活
長崎と佐世保、二つの街を行き来する生活。 ついにスタジアムシティが完成し、チームの拠点が長崎市に移りましたが、息子たちの転校は選択肢になかったため、佐世保からのバス通勤生活が始まりました。
通勤時間そのものは、仕事や勉強に充てていたためストレスにはなりませんでしたし、バス酔いも克服しました。車窓から見える長崎の海と山の美しい風景は、日常の小さな幸せでした。それは当時も思っていましたし、離れた今だからこそ、より強く感じています。
生活の一部となった佐世保⇔長崎のバス通勤。
仕事/勉強/読書の合間にふと顔を上げたときの山と海の風景。行きは右側、帰りは左側の席がよい。
いつも安全運転に感謝です。 pic.twitter.com/TrseD6SrNm
— 中山佑介 Yusuke Nakayama (@yusuke_0323) June 5, 2025
1/2シーズン目
新拠点、そして新体制で臨んだ2024-25シーズンは、自分自身の基準をもう一段引き上げられたシーズンであり、翌年の結果に繋がる必要不可欠な1年でした。 「過程がシンプルに結果に結びつくわけではない」ということは十分に認識していたつもりでしたが、その認識すらまだ甘かったのだと、身をもって学びました。シーズン後半、チームの前で「これほど一つ一つの試合に勝ちたいと強く思ったシーズンは、今までにない」と話をしたことを、今でも覚えています。
本当に苦しいシーズンでしたが、だからこそ “not too high, not too low(感情を上げすぎず、下げすぎず)” という、キャリアの序盤で学んだプロチームで働くスタッフとしての心がけを、常に忘れないよう意識していました。また、このシーズンの経験がなければ、「結果がプロセスを単純に肯定するわけではない」という真理を、今の深さで捉えることはできていないと思います。
このシーズンは試合への影響が大きい選手の欠場が、タイミングをずらすようにして続いてしまったため、周囲からは「怪我が多かったシーズン」と表現されがちです。もちろん事実は事実として真摯に受け止めていますが、一方で「防げる要因が高い怪我」に関しては、これ以上ないレベルで防いでいたこのシーズンのメディカルチームの功績も、ここでしっかりと伝えておきたい。です。
「今までで一番キツいプレシーズン」が、結果に繋がるよう、毎日準備を重ね続けたスタッフ達。本当に頑張った。僕自身も(周りに助けられ、迷惑をかけまくりましたが)その一人だと胸を張って言える。
明日からそこに加わる、長崎が誇るブースターの力。
60試合後の景色を皆で創っていきましょう!— 中山佑介 Yusuke Nakayama (@yusuke_0323) October 3, 2024
通勤途中にすれ違った、(おそらく)散歩中の僕より一回り年上の女性。 雨が降る中、一歩一歩、丁寧に歩を進める姿と、着ていらした「0 to 1」の参入初年度のTシャツ。
成長痛に、誇りをもって向き合おう。そう思わせてもらいました。
— 中山佑介 Yusuke Nakayama (@yusuke_0323) June 12, 2025
ラストシーズン
冒頭にも書いたように、これからのシーズンを見据えた引き継ぎと、チームが掲げる目標を達成するためのサポート。その2つのバランスを常に意識し続けたシーズンでした。優勝という結果だけでこれまでのプロセスすべてを肯定するつもりはありませんが、少なくとも後者のサポートに関しては及第点だったのではないかと、少し胸をなでおろしています。そして前者の引き継ぎの成果は、これから迎えるシーズンが答えを見せてくれるはずです。
試行錯誤を繰り返しながらのバランス取りだったため、周囲の皆さんには多くの迷惑をかけていたと思います。このシーズンに限らず、物事には白黒はっきりつけられないことばかりで、割合が「8対2」や「9対1」のように明確なことは滅多にありません。「6対4」、時には「5.1対4.9」という一度目を外して見つめ直せば逆側に天秤が傾くような微々たる差の中で、それでもディレクターとして決断を下すことには、常に迷いや後悔、反省がつきまといました。それでもこうして5年間を全うできたのは、支えてくれたみんなのおかげです。本当にありがとう。
――流れで5年間のまとめのような文章になってしまったので、話を5年目のシーズンに戻します。
最後に掴み取った結果は大きなハイライトですが、勝ち負けやチームの結果そのものを「個人の目標」にしないというスタンスは、10年前も今も変わりません(それもあって、上述した「これほど勝ちたいと思ったことはない」とチームの前で話をした自分には驚きました)。もう一つの優勝を経験した10年前と大きく違ったのは、コート上で喜びを爆発させるみんなの姿を見ていたら、涙が溢れ出てきたことです。そんな経験は、僕のキャリアの中でも初めてのことでしたし、想像もしていませんでした。
最初に押し寄せた感情の波が収まったあとは、優勝記念のキャップを眺めながら初年度からあの日に至るまでに、一緒に戦ってきた選手やスタッフたちのことを考えていました。もう叶わないことだと分かっていながらも、「この瞬間を、みんなで共有したかった」と。そして、自分はあの時の彼らに対して、最善を尽くせていたのだろうかと自問していました。
同時に、深い充実感を覚えていたことも事実です。それは、「特に最後の2シーズンに関しては、自分のキャリアの『今』というタイミングでなければ、きっと役割を果たしきれなかっただろう」という、手応えがあったからなのかもしれません。
We were ” ” enough to win the championship. Thank you my friend. (横浜アリーナで僕と彼が一緒に映っている写真を持っている方がいらっしゃいましたら、頂けると嬉しいです)縁の下の力持ち、を支えてくださった存在
さて、ここからは「縁の下の力持ち」と形容されることもある我々を支えてくださった皆様へのお礼を改めて表したいです。
選手の身体作りとコンディション向上に欠かせない栄養面でのサポートは立ち上げ時から一貫してHALEO(株式会社ボディプラスインターナショナル)さま。妥協を許さず質を追求して作られた製品が日常的に周りにあり、それを摂取することは、サプリメントの成分だけでなく、そのスピリットもサブリミナル効果のように吸収されると思っています。ファイナル前に交わした短い会話で、僕の”メンタルの体温”が落ち着いたのを感じました。https://haleo.jp/
長崎ヴェルカがHALEO FAMILYへ! チームディレクター・オブ・スポーツパフォーマンスの中山佑介氏にプロとしての視点から現場へのHALEO導入へご尽力頂き、今回このようなご縁を頂きました。長崎ヴェルカの初陣となるシーズンに携わることができ大変感謝🙏長崎ヴェルカの更なる飛躍を応援致します。 pic.twitter.com/11zYxKoNOp
— HALEO-OFFICIAL (@haleo_official) January 19, 2022
長崎駅前や長崎空港への大型広告を含め、ヴェルカの活動を全面的にサポートして下さっている株式会社ベネックスさま。対談企画と工場見学をさせていただいた事がきっかけで、トレーニング器具まで開発していただきました。「いい仕事」というキーワードは、立場と場所が変われど、ずっと意識していきます。https://www.japan-benex.co.jp/
気が付いたら心の中で(たまに小声で)「いい仕事をしよう」と呟くようになっていた。@JapanBenex
— 中山佑介 Yusuke Nakayama (@yusuke_0323) March 3, 2025
日本のフリーウエイト器具とトレーニングギアを専門とするMBC POWERさまには、トレーニング場所が厚生施設の器具庫の時から、スタジアムシティのクラブハウスになった今でも、ずっとお世話になっています。お蔭様で、この5シーズンのトレーニング哲学であるMove the Ironを実現し続けるための環境を作ることができました。https://www.mbcpower.jp/
納品事例【長崎ヴェルカ新クラブハウス トレーニングルーム】
長崎スタジアムシティは、長崎市の中心部に位置する大型複合施設で、プロバスケットボールクラブ、長崎ヴェルカの新たな本拠地となっています。… pic.twitter.com/whHweg3ZdY
— MBC POWER (@MBCPOWER) February 4, 2025
長崎歯科医師会さまは、こだわり抜いたカスタムスポーツマウスガードの製作を一手に引き受けてくださり、選手のパフォーマンス向上と怪我防止をサポートしていただいています。長崎県内の歯科医院から多くの先生方が集結し、抜群のチームワークで歯科検診から各種測定、型取り、そして後日の調整にいたるまでをトータルで行ってくださる環境は、世界的に見ても他に類を見ないスケールです。https://www.nda.or.jp/
8/27(土)にデンタルサポート協定を締結した #長崎県歯科医師会 の先生方に選手の歯科健診とマウスガード提供に向け、型取り等を実施いただきました✨
歯の重要性を再認識する貴重な機会となりました!ありがとうございました🙇♂️#velca pic.twitter.com/cOBCQow3MJ— 長崎ヴェルカ 公式 (@n_velca) August 30, 2022
Xの投稿にはありませんが、
スポーツファーマシストの先生方。選手達が摂取する薬がアンチドーピングの観点から安全かを、驚きの返信スピードで確認し続けてくださっています。季節に応じて選手の健康を維持するためのアドバイスを下さったり、立ち上げの初年度からヴェルカの活動を支え、選手達を守ってくださっています。
みやざき整骨院の皆さま。佐世保時代のユースチームのサポートから始まったご縁が、トップチームの活動にいなくてはならない存在に。必ずしもスケジュール通りにはいかない日々の練習後のケアや、急な施術の依頼にも総力を上げてサポートをして下さっています。5年間を通しての信頼関係を築いていく過程と、そこからの学びは大きな財産です。https://miyazaki-seikotu.com/
そして、チームドクターの皆さま。プロスポーツという特殊な環境+日本の医療環境に疎く時には非常識な依頼をする僕に対しても、寛大・親密に、時には厳しい指摘を下さりながら、共に選手とチームを支えてくださいました。長崎にチャンピオンシップをもたらす為に必要だったCS中の連携は、5年間築き続けていた先生方との関係の賜物です。いつか思い出話に花を咲かせましょう。「今だから言いますけどね、、、」を沢山頂きそうでちょっと怖いですが笑。
長崎での日常
自分たちで選んだ苦しさ。
平和への感謝と共に坂ダッシュ。坂ダッシュ
帰途の階段
足が攣る#次は8勝2敗 https://t.co/hFs2ifBYYG
— 中山佑介 Yusuke Nakayama (@yusuke_0323) August 9, 2022
皆さまから教えて頂いて作成した「長崎で食べるものリスト」、1ヶ月で2つとスローペースですが楽しく美味しく巡り中です。
☑︎「なったよりの枇杷」by @hattchbang さん
☑︎「松浦のアジフライ」by @velca_to_cheee さん https://t.co/NypL1LtZfD pic.twitter.com/Tf25JH4GZP— 中山佑介 Yusuke Nakayama (@yusuke_0323) June 18, 2022
日の短さを、刻々と見えなくなるウキで感じるのもまた一興と波の音に耳を傾けていると、息子が呟き始めた。
「、、、吾輩は釣り人である。まだ釣れていない。どこにウキがあるのか、とんと見当がつかぬ。ただ、暗い寒い夜に釣り竿を持っていることだけは分かっている。」 pic.twitter.com/h3Z02k0qxH
— 中山佑介 Yusuke Nakayama (@yusuke_0323) December 13, 2022
立ち上げメンバーとして
どんな気持ちですか?と聞いて頂く事がありますが、僕自身は、立ち上げメンバーとは思っていないのが正直なところです。畏れ多くて、です。
初年度から関わらせていただいてはいますが、僕がお誘いをいただいたときには、すでに多くの方々がスタジアムシティ構想と、その主要コンテンツであるプロバスケットボールチームの設立に向けて奔走されていました。本当のゼロ、そしてそのゼロに限りなく近い段階で道を切り拓かれた皆さまの決断と覚悟を、心から尊敬しています。そして、僕にこの重要な役割を与えてくださったことに深く感謝しています。
その第一人者であるジャパネットホールディングスの髙田旭人社長は、お会いするたびにいつも温かい言葉をかけてくださいました。中でも、横浜アリーナでの試合終了後にいただいた一言で、僕なりに抱えていたプレッシャーや苦悩が、報われたような気がしました。ありがとうございます。
おわりに
海と山に囲まれた西の地で、想像と期待を遥かに超える経験と学びを得て、そして後にも先にも見ることができない素晴らしい景色を見させていただきました。そして何より、かけがえのない素晴らしい人たちに囲まれた5年間でした。
だからこそ、「長崎を離れることが、本当にベストな選択だったのだろうか」と自問することは、今でも少なくありません。兄弟間の会話から聞こえてくる長崎弁は少しずつ薄れてきたことに寂しさを感じています。
ありきたりな言葉にはなりますが、今までと同じように、これからはこの決断を「ベストな選択」にしていくしかありません。家族としっかりと向き合い、支え合いながら、自分自身が目指すさらなる成長を実現していくだけです。
試合中、タイムアウトなどでゲームが止まり、選手やフロアの様子を確認した後の愉しみ。それは様々な声が一体となって会場に響く”GO GO VELCA!!”を創る一人ひとりの表情を眺めさせていただくこと。
ヴェルカが誇る「ブースター」は一人ひとりから成る。そんな当たり前の事を何より実感し感謝する瞬間。— 中山佑介 Yusuke Nakayama (@yusuke_0323) December 3, 2024
いつの頃からか、ホームゲームの応援から「空気の震え」を感じるようになりました。 肌でその振動を感じながら耳に飛び込んでくる、いくつもの声と感情が重なり合った『GO GO VELCA』のチャントには、最後まで慣れることがなく、毎回のように涙腺を緩まされていました。
関わり方が変わることで、会場へ足を運ぶ頻度は減ってしまいますが、またあの振動を肌で感じ、皆さんの声を聴かせてもらえる日を心から楽しみにしています。